東京地方裁判所 平成12年(モ)734号 決定 2000年5月25日
《住所略》
申立人(本案事件被告)
山地進
《住所略》
申立人(本案事件被告)
利光松男
右2名代理人弁護士
手塚一男
同
矢島匡
《住所略》
相手方(本案事件原告)
後藤民夫
主文
相手方(本案事件原告)は、申立人(本案事件被告)ら各自のために、平成11年(ワ)第14035号損害賠償請求事件の訴えの提起について、この決定の確定した日から14日以内に、各1000万円の担保を提供せよ。
理由
第一 事案の概要
本件は、日本航空株式会社の株主である相手方(本案事件原告、以下、原告という。)が、<1>申立人(本案事件被告、以下、被告という。)山地進及び同利光松男が行ったオリンピック博物館建設資金のための1億3000万円の寄付、<2>1998年3月期に1500億円の内部留保の取崩しの原因となったホテル経営の失敗、<3>1998年3月期に行った日本ユニバーサル航空株式の評価替えに伴う17億円の特別損失の計上、がいずれも取締役の善管注意義務違反及び忠実義務違反に当たると主張して、日本航空の取締役である申立人らに対し、日本航空に1518億3000万円の損害賠償を支払うよう求める株主代表訴訟(本件本案訴訟)を提起したところ、被告らが、商法267条5項の規定に基づき、原告に対し相当の担保を供すべきことを命ずるよう請求した事件である。
第二 当裁判所の判断
一 裁判所の認定した事実(疎甲一ないし六、審尋の全趣旨)
1 原告は、昭和52年ころからサカエ・トラベル又は株式会社サカエ・トラベル・サービスの名称で主に格安航空券の販売の営業を行ってきたが、平成元年以降、別紙1のとおり日本航空に対して損害賠償請求及び格安航空券の販売についての妨害の差止請求等の民事訴訟を提起するとともに、別紙2のとおり原告が本件本案訴訟の被告である山地進及び利光松男らに対する刑事告発を繰り返した。これらの民事上の請求は全て棄却され、また刑事告発も取り上げられることはなかった。
他方原告は平成5年暮れに格安航空券の販売に関連して多数の一般顧客から金銭を預かったまま事実上倒産した。
原告は、株主代表訴訟の貼用印紙額を8200円とする改正商法が施行された平成5年10月1日の直後の同月13日に日本航空の株式を取得し、平成6年5月に、山地及び利光を被告として、1兆1500億円の損害賠償を求める株主代表訴訟を提起した(以下「第一次代表訴訟」という。)。右訴訟に対しては、山地及び利光が担保提供命令を申し立てたところ、原告は平成7年8月に訴えを取り下げた。
ところが、原告は、平成8年5月に山地、利光を含む日本航空の取締役・監査役ら合計72名を被告として、1兆6500億円の損害賠償を求める株主代表訴訟を提起した(以下「第二次代表訴訟」という。)。第二次代表訴訟の請求原因は、第一次代表訴訟と同一の請求原因(合計1兆1500億円)に加えて、二つの請求原因(合計5000億円)を単純に付加したものであり、日本航空の役員経験者72名をその任期を問うことなく全員を全ての請求原因の被告としていた。
東京地方裁判所は、平成10年1月、原告の提訴目的について、専ら日本航空の取締役である申立人(被告)らを困惑させるとともに、自己の追求する利益の確保を目的とすることに帰し、株主としての正当な権利の行使とは到底いうことができないとして、原告の悪意を認定して担保の提供を命じた。これに対して原告は担保を提供しなかったため、同年4月に第二次代表訴訟は却下された。
2 原告は、第二次代表訴訟係属中の平成9年8月に、ジャパン・スカイ・システム株式会社の取締役に就任し、格安航空券販売の営業を再開した。
そして、原告は、同年11月19日に、JALプラザなど日本航空の航空券の発券代理店3社に赴き、金券ショップで購入した他人名義の格安航空券を正規運賃額で原告に払い戻すように求めた。これに対して、カウンター担当者が、原告とは別の名義人の航空券であることから購入した店で払戻しを受けるよう要請すると、原告は「なぜ払戻しができないのだ。」と大声で騒ぐなどして払戻しを強要した。
原告は、翌20日に、日本航空本社ビルを訪れ、国内線航空券を扱っている東京支店担当部の担当者に面会を求め、担当者に対して、「自分は東京に日本航空の航空券を販売するチャネルを持っているので、現在金券ショップで販売されている金額で日本航空の航空券を自分に販売させてほしい。」と要求した。これに対して、担当者は、航空券の販売業務を希望するのであれば日本航空の審査を受けた上で正式に代理店契約を締結しなければならず、代理店でない者に航空券を販売させることはできないと回答した。すると原告は、代理店に対して販売促進費を支払うことは認可運賃制度に違反するものであるから違法行為として運輸省に伝える旨述べた上で、更に同様の要求を繰り返した。これに対して担当者が日本航空の行為には何ら違法性はなく運輸省に連絡されてもかまわないと回答したところ、原告はいったん引き上げた。
3 原告は、平成11年1月29日、日本航空東京支店に電話をかけて日本航空が「マルチきっぷ」という名称で発行している30枚綴りの回数航空券を日本航空の代理店を通じて取得していたが、代理店から取得することができなくなったので自らに「マルチきっぷ」の販売を行わせるよう要求した。担当者がこれを拒否したところ、原告は、同年2月1日に日本航空本社を訪れ、東京支店担当者に面会を求め、「ジャパン・スカイ・システム株式会社専務取締役後藤民夫」と記載された名刺を差し出した上で、再度自らに「マルチきっぷ」の販売をさせるよう要求した。これに対して担当者がジャパン・スカイ・システムは日本航空の代理店ではないことを指摘した上で原告の要求を拒否すると、原告は、「自分はしばらくおとなしくしていようとしていたのに、こんなことをしてくれるからまた楽しみながら暴れることとなる。」との発言を行い、暗に担当者に自らの要求に応じるよう求めた。さらに、原告は、その直後の2月3日に日本航空旅客事業企画部に電話をかけ、2月1日と同様の要求を繰り返し、同部担当者がこれを拒否すると、「それでは対抗策を考える。」と発言した。
原告は、翌2月4日、日本航空監査役に対して、本件本案訴訟にかかる訴え提起請求書を、また翌2月5日には、岡崎俊城ほか1名に対する株主代表訴訟(平成11年(ワ)第14036号)にかかる訴え提起請求書をそれぞれ送付した。更に原告は、同月9日、日本航空監査役に対して、兼子勲ほか3名に対する株主代表訴訟(平成11年(ワ)第13848号)にかかる訴え提起請求書を送付した。
原告は、平成11年5月7日、日本航空の発券カウンターであるJALプラザを訪れ、「払戻不可」と朱印された航空券を提示して払戻しを要求した。これに対し担当者が払戻しを断ると、原告は払戻しができない旨を記載した書面を提出するよう要求した。担当者が上司と対応を相談していると、原告は大声で「なぜ払戻しをしない。早くしろ、待たせるな。」と怒鳴り、持参した百円札の束をばらまき、「何をしている。早く払い戻せ。」、「皆さん、日本航空はとんでもない事を言う。」等と大声で怒鳴った。原告は、さらに、朱印された「払戻不可」の押印をボールペンで塗りつぶし、「倍返し」とボールペンで書き込んだ上、「払戻不可」の朱印は自分が押印した旨述べた。
原告は、平成11年6月22日、兼子勲らに対する株主代表訴訟を提起し(平成11年(ワ)第13848号)、同月24日、本件本案訴訟並びに岡崎俊城らに対する株主代表訴訟(平成11年(ワ)第14036号)を提起した。
4 原告は、平成11年6月29日に開催された日本航空の第49回定時株主総会に出席したが、右総会の中で、議長に向かって、ジャパンツアーシステム株式会社が札幌、九州に出しているツアーの航空券に関して、「ホテルの利益から考えていくと、片道200円だこれは。ジェーティーエスが出している航空券の値段。お前らがやっているのは、全部身内には安く出しておいて全部楽に金もうけができるようにしている。」、「これは利益供与だ。」、「我々が一生懸命航空券を売っとるのに、100円、200円でそれをつぶしにくるとはどういうことなんだこれは。」と発言した。
さらに原告は、総会終了後も議場から退出せず、自ら議長席に着いて発言を続けたため、係員が制止したところ、原告はその係員に暴行を加え、警備中の警察官に現行犯逮捕され、暴行罪で起訴された。
二 原告の悪意の有無について
本件本案訴訟の提起に至る以上の経緯からすれば、原告の本件本案訴訟の提起は、専ら日本航空の取締役である被告らを困惑させるとともに、自己の追求する利益の確保を目的とすることに帰し、株主としての正当な権利の行使とは到底いうことができない。
したがって、本件本案訴訟の提起は、商法267条6項、106条2項にいう悪意に出たものというべきである。
三 担保の額
申立人らに予想される損害等を勘案すると、本件において相手方に提供を命ずべき担保の額は、被告ら各自につき1000万円と定めるのが相当である。
四 結論
よって、本件申立ては理由があるから認容し、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 小林久起 裁判官 河本晶子 裁判官 松山昇平)
別紙1 民事訴訟事件一覧表 《略》
別紙2 刑事告発事件一覧表 《略》